心に寄り添ってくれる人、臨床心理士とは

関わるひとたち
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あなたが、治療や将来に対して不安や恐怖をかかえていたり、痛みに耐えきれなかったり、病気を受け入れられずとまどっているとき、あなたにそっと寄り添ってくれる人が現れるかもしれません。

その人は、あなたやあなたの家族がこれからかかわっていく医療関係者の中で「臨床心理士」と呼ばれています。


「しれません」と書いたのは、病院によって臨床心理士がいるかどうか、またいてもあなたにかかわらない可能性もあるからです。

臨床臨床心理士に出会うかどうかは、病院やドクターの方針、治療内容などにより異なります。

臨床心理士とはどんな人?

日本では、日本臨床心理士資格認定協会が認定する有資格者のことであり、学校におけるスクールカウンセラーや病院の臨床心理士、会社に派遣される産業カウンセラーなどの場で活躍する人たちです。

学問的には、臨床心理学を基盤とし、相談依頼者(クライエント)が抱えるこころの問題や不適切行動などに対して援助や改善、予防、また人のこころの健康の回復、増進、教育を職務内容とする心理職の専門家です。
アメリカやイギリスでは「Psychologist|サイコロジスト」として医療の現場で働く人たちです。

ドクターや看護師が「患者」としてかかわり、その専門性を「患者」にもたらす専門家であることに対し、臨床心理士は、患者という目線ではなく「人」としてかかわり、それぞれ固有の「人」に心理的影響を与える専門家です。すなわち、それぞれの人がもつ多種多様な価値観を尊重しつつ、その人の自己実現を援助しようとする専門家なのです。
癒す対象の根本的な考え方が違うため、自ずと接し方や援助の方法が異なります。

妹の造血幹細胞移植が決まったころ、わたしたちは妹を担当する臨床心理士の先生に出会いました。

その頃の妹は、白血病になったことを受け入れられず、精神的に荒れている状態でした。


白血病の妹が抱えた 4つのこころの問題

1.病気を受け入れることができていない

当時の妹は、長年の准看護士生活を終え、次のステップとして正看護師になるべく、看護学校に入学したばかりでした。新しい生活がスタートした4月、急性骨髄性白血病の診断がでたのも同じ月です。

「私がいるべき場所は、働く職場である病院であり、学校であり、、、この入院先のベッドの上ではない。」

病気を受け入れられないまま治療は猛スピードで進んでいきます。全く病気を受け入れられる状況にはありませんでした。

2.だれかそばにいてほしい

妹が寂しがりなのは家族全員が知っていました。わたしたち家族全員がどんなにがんばっても、毎日の面会は、相当高いハードルでした。それでも同じ患者さんの中には、毎日のように面会者がある人も多く、特に大部屋の場合に面会者の少ないことは、本当に心細いことだったと思います。

「今日は誰がいける?明日は?次はいつ行ける?」最初のころ、わたしたち家族はいつもそのことばかり話していたように思います。

妹といえば、苦しみや痛みが襲う日々の中で、ベッドから見える景色は天井と窓から見える山などの景色。(TVを見る気にならないことも多いのです。)そして、移植治療中は、無菌室の空気クリーン装置の音が異常に大きく聞こえます。

「ゴーーーーーー!ゴーーーーーー!」

「今ここで死んでも、誰にも看取ってもらえない」「だれかそばにいてほしい。」ずっとそんなことばかり考えていました。

3.痛みに耐えられない

治療が進む中、抗がん剤の副作用や、骨髄移植後のGVHDによる症状、例えば恐ろしいまでの口内炎、腹痛、肺炎、、、その他もろもろの痛みがやってきました。
口を開けることのできないほどの口内炎です。わたしたちは口の中に口内炎が一つできても痛みで食べモノを普通に食べられなくなります。そんな口内炎が口の中全体にできるなんて、、、。
肺炎が悪化すると、当然息をすることが難しくなります。普通にしていた呼吸ができなくなる。ひとつひとつの息をすることが大変なことになるなんて、、、、想像できますか?

4.社会からどんどん隔離された気持ちになる

妹が働いていた病院の職場の師長、同僚、看護学校の同級生たち、先生、妹の病気のこをと知った人たちは、募金や寄せ書き、手紙、病室で使うものなどたくさんの心遣いをしてくれました。

妹は病気のことを多くの人に知られるのを拒んだため、病気の告白は親せきと職場、学校関係者、そして幼馴染の親友のMちゃんだけにしていました。Mちゃんは遠くの県に住み、子育てで忙しいのに、聞いてすぐに駆け付けてくれるほど、心のあたたかい人です。そして私は「本当の親友ってこんな関係をいうのかな」と二人を見ていていつも感じていました。

かかわった人たちからの好意はただただありがたく、感謝の気持ちでいっぱいでした。でも、一方でこう思うんです。

「わたしの帰る場所は、ほんとうに残されているんだろうか?」

社会との隔離、それは将来に対する不安、恐怖を感じさせる重大な問題なのです。

 


病気を患った人の「こころの問題」は複雑で深く、その人の家族環境、もともとの考え方や性格も関わり、治療にかかわるドクターや看護師、ましてや家族では解決できない場合が多々見られます。こころの問題は、心理学に精通した専門家の援助が必要なのです。もし家族も同時にこの「こころの問題」の闇にはいりこむと、家族全員が倒れてしまいます。妹が出会った臨床心理士の先生は、妹と「人間関係」を築いてくれました。

先生が、妹にしてくれたこと、具体的にはこんなことです。

〇面会の度に折り鶴をつくってきてくれた

最初はこの行為が妹にとって何の意味もないことに思えたといいます。
折り鶴がたまると、たまった折り鶴をいれるビンをもってきて、そっと置いてくれました。

でも治療が山場を迎えたとき、この折り鶴からどれほどの励ましと勇気をもらえたことか!毎日、毎日きてくれた。私をわすれない人がここにいる。この丁寧に積み重ねられた行為と成果である折り鶴は、少しづつ築いて強いものになった先生と妹との関係を象徴しているように感じます。

〇妹が肺炎で苦しんでいるとき、ずっと手を握っていてくれた

妹が苦しみの中にあったとき、誰かに手を握られるとホッとしたといいます。
わたしたち家族が面会にいけないときも、臨床心理士の先生が妹の病室を訪れ、ただ静かに妹の手を握っていてくれました。ただ少しの間握る、というのではありません。ときには一時間、お互いじっと黙って、先生はただ手を握っていてくれていたそうです。一時間、誰かの手を握り続けられますか?私はどうだろう?
手は不思議なもので、相手のこころの状態や気のようなものを感じることができると感じたことはありませんか?誰に触られても気持ちのいい、というものではありません。

先生との信頼関係がしっかり築けていたこと、先生の情や愛の深さが妹のこころまで癒してくれたんだ、とわたしは思います。

〇痛みを解消する方法を徹底して探し、そして実践してくれた

ひどい口内炎で苦しんでいた時、妹なりに痛みが和らぐ方法をいろいろ試していました。臨床心理士の先生は、そんな妹をみて自らもいろんな方法を探し、それを実際に妹とやってみてくれました。とことんです。
一つダメなら、次はこれを試そう。これもダメならこれはどう?ずっとです。

あきらめないで、やってみる。痛みから解放するためにどうしたらいいのか、この問題に真剣に向き合ってくれました。

〇医師、看護師、理学療法士、事務などほかの医療関係者との調整をしてくれた

臨床心理士が間にはいることによって、医療関係者との連携がスムーズにとれることがあります。
臨床心理士の先生がクッションの役割を担ってくれることで、ひとつの医療チームとして解決策を考えてもらえるようになります。

これらは、ちょっとした例にすぎません。

もちろん、患者側の側面や臨床心理士によってこころの問題へのアプローチは異なると思います。

私がいいたいのは、こういうことです。

もし、あなたやあなたの家族が、精神的にまいっていたら、臨床心理士の先生と話をしてみてください。

もし、あなたやあなたの家族が痛みや苦しみに耐えられないときは、臨床心理士の先生と会ってみてください。

もし、あなたが、誰かの手が必要なときには、臨床心理士の先生の手に触れてみてください。

あなたを「ひとりの人」として見てくれるだれかの存在をあなたが感じることができますように。

あなたの大切なひとも、あなたも、一日の始まりには「今日も美しい日だ」と思えますように。